甲子園球場探索1  (内野編)

写真は2001年ごろ撮影

新球場建設を決定 1923年11月23日

阪神電鉄社史によると、数年前から球場建設企画が詰められていた。ラフな図面や見積もり、工程案等の基本的なプランがすべて揃い、役員会で着工が承認されたのが11月23日だ。
阪神電鉄専務・三崎省三氏は電気工学の専門家で、電気の研究でアメリカに出張した際に、現地の野球を観戦して感銘した。電鉄が金を惜しまずに大スタジアムの建設を進めたのは三崎専務の英断だった。
設計建築担当は京都帝国大学工学部卒業で後に阪神電鉄会長となった野田誠三氏だった。アメリカの雑誌等を買い込み、野球やフットボールのスタジアムを研究したそうだ。甲子園球場の右中間・左中間グランドのふくらみが広いのは、フットボールのグランドを確保するためだった。
設計の実務面は宮津出身で東京帝国大学工学部建築学科を卒業した大林組社員・今林彦太郎氏(後の大阪ガス顧問)が担当した。特筆すべき点は電子計算機がない大正時代に、手計算でスリ鉢型のスタンドを設計した事。どの場所にいても同じような視界が得られる事を狙って弧を描き、中央段付近で3尺へこんでいる。当時の最新の建築工学が集結した賜物といえよう。

内野スタンド 1924年完成

ヘンゼルの厨房入口(緑のテントハウス)
3号門 1塁ボックス・イエロー下段入り口
4号門 1塁上段出口 入り口としては使用されない
タイガースショップ
5号門 1塁ボックス・イエロー下段入口
6号門 イエローシート上段入口
総合案内書・前売入場券売場・役員選手関係者入口・タイガースショップ
7号門 グリーンシート22段〜34段入口
8号門 中央ボックス席・グリーンシート入口
ベーブルース記念碑・甲子園警察署球場警備本部・入場券売場
9号門 オレンジシート上段入口
10号門 3塁ボックス席・オレンジ下段入口
入場券売場・手荷物預かり所・タイガースショップ
11号門 3塁上段出口 入り口としては使用されない
12号門 3塁ボックス席・オレンジ下段入口
商品検品所
現在の3〜12号門は甲子園球場竣工当初から存在する部分です。
入り口の配置は下段・上段それぞれの門を2つ1組として、中央ボックス席・グリーンシート入口の7号門を中央として、左右に2組ずつ、計5組の門を設置している。
7号門は開設当初には貴賓室等が設置してあった甲子園球場の中核となる入口だった。ひさしのついた立派な門で、そのまま階段を上がれば、現在閉鎖されていますが2階の選手専用通路に出る事ができた。ひさしの上方に配置された長窓にも風格が漂います。門の左右には国旗掲揚柱が2本設置され、試合の開催日は球団旗や国旗が掲揚されます。

写真では7号門の左に8号門が写っていますが、比較して7号門の豪華さがよくわかります。8号門は元々は事務室と便所があった場所を門として改造したものです。
7号門右のタイガースショップは79年にオープンしたタイガースショップ1号店。ここは球場設立時には事務室でした。タイガースショップの上の2階には、なぜ扉があるのかは、よく解かりませんが風呂場です。

7・8号門以外の4組の門はすべて左写真のように同じ大きさの2つの門が並んで配置されています。
(写真は右が3号門、左が4号門)

右側の門が下段用の門、左側の門が階段を上がって上段に出るための門です。
4号門には「ご面倒ですが6号門からご入場ください」、同様に11号門には「ご面倒ですが9号門からご入場ください」との表示があり、通常入場不可能で退場のみの利用となっています。6・11号門は以前は内野上段にあったA指定席の入口でした。このため料金が異なる内野上段は下段と区別して入場していましたが、02年より内野シートが改造されて上段までが同一料金となりました。
現在はイエローシート、オレンジシートとして共通の入り口となっています。

待ち合わせ広場(内野6号門の前)から、ライト側の素盞鳴神社を見渡すこのアングルが、甲子園のツタの中でもっとも美しい生え方をしていると思います。(写真中央は3・4号門)
記録では「1924年12月にツタ植栽」とあります。アルプススタンド等がまだなかった頃で、現在の内野スタンドのツタがこの大正時代のツタかと思うのですが、実際には戦災で焼失している部分もあります。
8号門周辺は北向きのため冬ヅタが植えられているのに対して、3号門は西向きで日当たりがよいため夏ヅタの緑が美しい。南向きの外野スタンドは昭和の建築で大正建築の内野スタンドに比べて窓の面積比が多い、ツタがはえる場所が少ない。後に掲載する外野の写真と比較してみて下さい。

商品検品所と内野11・12号門から甲子園駅方向です。こちらが北側となり、ツタの育ち方が3・4号門に比べて粗いのは方位によるものと思われます。

右端に高速道路が写っています。もともと甲子園球場の前に国道43号線も高速道路もありませんでした。70年代までは甲子園球場から阪神電鉄甲子園駅まで緑豊かな遊歩道がありました。国道は甲子園球場前を立体交差で通過しますが、これは球場と阪神パークの間の道路に路面電車の阪神甲子園線が走っていたための処置でした。尼崎市大物でも、以前走っていた貨物線をまたぐために、同様の立体交差があります。今は路面電車が廃止されていますが、球場前で待機するには立体交差が日陰になって便利ですね。

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