帯広のタイガース遠征史


帯広で1939年7月6日にタイガース対ライオンのオープン戦を行っている。しかし16時から試合開始だったが4回途中で降雨のため中止となった。
場所は帯広中学(帯広柏葉高校)の横の平和球場でした。
平和球場は帯廣招魂社球場として1920年に完成
両翼94m、センター115m

帯広市の軟式野球大会などに活用され、帯広の森に新しい野球所が出来たことでその役目を終え現在は隣接している柏葉高校施設となって野球部グランドとして使用されています。

帯廣招魂社は現在の十勝護國神社のことです。
1946年に完成した帯広緑ヶ丘公園野球場では公式戦を行っている。
この球場にて2試合だけ行われたプロ野球試合のうちの1試合がタイガース戦。
1948年8月2日 タイガース5−2大陽  勝 若林  敗 真田

1点リードされた7回裏に一挙4点あげての逆転勝利だった。
記録ではグランド状態が非常に悪かったとある。そのためか1948年は札幌・函館・旭川・帯広の4都市が北海道遠征対象となったのだが、この2試合限りで翌年以降は帯広で野球が開催されなくなった。


帯広には1990年に新しい帯広の森球場が出来、プロ野球の公式戦がたびたび行なわれてるようになった。
役目を終えた緑ヶ丘球場は隣にあった陸上競技場も含めて解体され、公園に生まれ変わっている。

改訂:2012年5月20日

参考資料
小樽新聞
阪神タイガース「昭和のあゆみ」

国土画像情報(カラー空中写真) 国土交通省  http://w3land.mlit.go.jp/WebGIS/

げんまつWEBタイガース歴史研究室