コーチ
大石清   おおいし・きよし

現役時代は広島と阪急 「強心臓」と呼ばれ、3年連続で20勝以上を達成するなど60年代前半の弱小広島を支えた。
カミソリに例えられるキレのあるストレートは、カープ史上でも最速の投手と言われるほど速かった。しかし毎年300イニングを超す登板過多が響き、肩とひじを痛めた。 オールスター3回出場
本人が高卒1年目に速球主体の投球で9勝を奪った以上に、2年目にスライダーを覚えた事により大きく飛躍した。92年の仲田幸司は同様にスライダーで成長した。コーチとしての技量は高く、92年に仲田・猪俣・葛西・野田・中込・田村らの投手陣により優勝争いを演じた程に投手力を底上げした。


1940.4.3生
出身地  静岡県清水市
出身校  清水商業
投手 右投げ右打ち

59年 高校卒業後すぐに広島入団
59年〜66年 広島カープ            67年大石弥太郎との大石交換トレードで阪急へ
67年〜70年 阪急ブレーブス 70年現役引退

72年〜74年 阪急コーチ
75年〜76年 近鉄コーチ
77年〜81年 広島コーチ
85年〜87年 日本ハムコーチ

88年 阪神タイガースに二軍投手コーチとして入団  背番号88
89年 二軍投手コーチ
90年 投手コーチ
91年 投手コーチ
92年 投手コーチ
93年 二軍投手コーチ 首脳陣との確執がうわさされる不透明な配置換えであった
94年 二軍投手コーチ 退団

95年〜97年 日本ハムコーチ
99年 近鉄コーチ

CALPISこどもの日野球教室講師(06年・兵庫 07年・静岡)

実動12年 登板516試合 勝利134 敗戦126 完投88 完封13 奪三振1381 投球回2157.1 防御率3.00


げんまつWEBタイガース歴史研究室